目黒駅前商店街にある玩具屋の二階、八畳もないそのスペースに我々が引っ越してきたのは三月半ばの事で、いつものようにウエPが買ってきた陳麻家の弁当を男三人でかきこんでいる。


 何だか新丸子に居た頃に戻ったみたいだよね、大学生みたいでこういうのいいよね、と十歳以上年の離れたウエPが言うのを聞いて、僕は絶望のあまり目の前がくらくらした。


 恵比寿のあの三十畳近くのリビングがあったメゾネットタイプ完全防音の作業場の感覚がまだ抜けきっておらず、誰も口には出さなかったが、全員がかなりナーバスになっていた。
 なにより、部屋が一つしかなく、社長の寝床が作業場にあるせいか、饐えた匂いがいつも立ち込めており、築ン十年のボロボロのモルタル塗りの建物の様相と相まって、それが我々の憂鬱をいっそう高めていく。


 取引先のあの営業の女、僕達はその女が社長と性関係を持っていると睨んでいたが、彼女もめっきり顔を出さなくなり、代わりに社長の昔の音楽仲間だという、赤ら顔のミッキーマウスのGジャンを着たプロレスラーの様な風体の男が出入りするようになった。
 何のために顔を出しているのか分からないが、週に二日ほど昼食後あたりに顔を出し、軽く僕らと雑談した後、社長をどこかに連れて行く。


 ウエPと二人きりになると、僕は午前中に耳コピ作成したMIDIをろくにデュレーション重複チェックもしないまま、各携帯キャリアのそれぞれFM音源用とPCM音源用のベースデータに調整する作業に取り掛かり、それから各主要機種へのコンバートを普段の三分の一程の時間で終わらせて、Logicerのコミュニティで新着フリーVSTプラグインの情報を漁った後、探偵ファイルを開いてえりすの乳の谷間を視姦しながらウエPとダベるのが常になっていた。


 大体そういう時間には、薄いカーテン越しに夕日の暖色が透けており、僕の脳裏には「斜陽」という言葉が、何度も何度も繰り返しよぎる。


 仕事も公式配信の着メロの仕事しかなくなっており、それすらも大幅に数が減っていた。
 毎月受注が確定しているのはドリ○○とGaxxxと変なフォークユニットの片割れとみうらじゅんのみという有様である。
 Digi002やAvalonコンプやMackie卓がつまった12Uラックだけでなく、ベース一本だけを残して楽器類もすっかり姿を消していた。
 僕が仕事場に置いていた、作業用のLogic環境やギターやNord76鍵やアンプエフェクター類に至るまで全てスペースの都合上持って帰らざるを得なかった為、自分の部屋が急に狭くなった上に、作業場に残されたのはPerformerが入ったボロのクラムシェル型MacBookEdirolの安いMIDI鍵だけ、僕は事あるごとに、これだったら家で仕事したほうがマシなんだけど出社する意味あんの?と社長に嫌味を言うようになった。
 社長も何だか老けて小さくなったように感じて、みすぼらしく見える。
 ウエPだけが空気を読んでか、前向きに振る舞おうと努めているようだったが、三十後半になっていまだバイトを掛け持ちしながらバンドのボーカルを続け、楽器も弾けず曲も作れず社長のお情けで事務バイトとして雇われているこの男を、僕は心底馬鹿にしていた。


 何より耐えられないのが、収入が激減したせいで、通勤や移動にタクシーを使えない事だった。
 山手線に乗る度に乗客全員を皆殺しにしてやりたい気持ちになる。
 一度通勤途中に池袋で昔のバンドメンバーと鉢合わせした事があって、そいつは僕が昔居たインディーズAVメーカーでまだ営業バイトをしながら下らないバンドを続けており、飯でも食いに行こうとなった時に松屋行こうぜと言われて、恵比寿のオイスターバーの常連を気取っていた僕はそのチョイスに絶望して、そいつの脇腹に持っていたペットボトルを何度も何度もねじり込んで無言でその場を立ち去った事があった。


 何もかもが憂鬱だった。
 そして何より、僕と言う人間が、「凋落」という現実を目の前にして、特に改善の為の努力をしようともせず、ただただ理不尽だとぼやいているだけで、現実を受け入れようともしない愚かな人種であったと言う事に、死ぬほど嫌気がさしていた。


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 ダメだ、ジョブチェンジする、とs村が言いだした時、だから僕は珍しく彼の話をちゃんと聞く事にした。


 s村は大体一年毎に現職に絶望して、逃げるように全く毛色違いの畑に転職する性癖のある人間で、今回は不動産屋からの転職だった。


 一体s村には何が向いているのか、お気に入りの焼鳥屋で泥酔しながら議論しているうちに、僕の仕事の話になる、もしかしたら、俺も辞めたいかも、と僕は切りだした、僕が社長の元を離れて音楽で食っていく道は三つあった、一つは社長の元バンドメンバーのギタリストが立ちあげた会社に合流する事、もう一つは知り合いの大手所属のミキシングエンジニアの下で見習いアシスタントとして働く事、最後はもう一度バンドをはじめる事。
 どれもが有り得なかった、何が有り得ないのかよく分からないが、どの選択肢もひどく気が滅入るものである事は間違いなかった。


 s村に何でよ、何がイヤなんよ、としつこく尋ねられるうちに、ポロリと、だって音楽やってるやつみんなバカなんだもん、と言葉がこぼれ出た。
 んあああああぁ、と僕は思わず奇声を上げる。
 そうだ、分かった、僕は音楽やってる奴らが大嫌いなのだ、何で気付かなかったんだろう、低学歴でピーナッツ脳で底辺の癖にプライドだけ高くていい年こいて気が滅入った時はクラブで朝まで踊れば大抵の事は解決するんだとか陳腐で恥ずかしくて頭の悪い台詞を平然とした顔でほざく老害がのさばって鎮座している個人主義の癖に妙に横の繋がりに依存したどこを切っても金太郎飴みたいに同じ様相のこの狭い狭い傷の舐め合いしかできない底辺業界の底辺に属しているのが嫌で嫌でたまらないのだ、僕はs村に堰を切ったかのように不満の言葉を投げ続ける、一転相談する側から相談される側に回ったs村はやがてうんざりした顔で、よし分かった、いやほとんど聞いてないけど分かったから、といって鳥皮の串を僕に投げつけ、今お前いくら持ってる?と尋ねてきた。


 二人でコンビニのATMで残高を見ながら検討した結果、僕は三十万、s村は五十万までなら使えるという結論になった。
 気晴らしにとにかく金を使う、という目的だったが、風俗やキャバクラとかに使う、と言うのは今日は違う気がした、旅行じゃねえか、というs村の案が一番しっくり来る気がしたが、果たしてどこへ行ったらいいのか分からない、時刻は23:00を超えようとしていた、とりあえず都内からは出ようという事で、東京駅へ向かって電光掲示板を見ていると、小田原行という列車を発見した、おい箱根だ、箱根いけるんじゃねえか、s村が言う、それは何だか途轍もなく、甘美で淫蕩な響きに聞きとれたのだ。


 東京発小田原行の列車は終電が24:00近くまであった。
 小田原に着くのは01:30頃である。
 プラス千円程でグリーン車に乗る事が出来た。
 誰も居なくて、快適だった。
 僕らのテンションは最高潮だった。
 ビールを買い込み、これ最高のプランじゃね?とはしゃぎながら、着いた後の計画を練る、二人の口から出てきた主要キーワードは主に「温泉」「貸切」「コンパニオン」の三つだった。
 全てが良い方向に収束しているように思えた、僕の脳内は混浴女体のぷるぷる泡踊りで大フィーバーする、妄想の中僕はぬるぬるぽんぬるぬるぽんうあぁぁぁあぁぁあぁああぁああぁぁぁと叫びながら未知の快楽に悶絶していた。
 我々は無敵であった。


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 小田原で一泊し、早朝箱根に向かった、宿はどこもいっぱいで、かろうじて取れた宿は箱根湯本と塔ノ沢の中間辺りの、周りに何も無い急坂の途中にある小さい民宿のような所だった。
 僕達は疲れ果て、小さな温泉に浸かった後、部屋でビールをあおって食事もせずにそのまま眠った。


 重要な事を忘れていたが、僕もs村も基本的に引きこもりで、コミュ障で、計画性が欠如しており、極度の面倒臭がりであった。


 その宿を一泊で追い出され、次の日僕達は早々に箱根滞在をあきらめて、熱海に向かった。
 熱海はひどく寂れた街だった。
 大阪の新世界近辺を思い起こさせた。
 二人で変な喫茶店みたいなところで生シラス丼を食った。
 可もなく不可もなくって感じでした。
 ホテルはどこもガラ空きだった。
 とりあえず足が疲れた所にあった、中途半端な昭和臭のするホテルを取った。
 東横インのほうがマシじゃねえかって感じだった。
 眼前にある別のホテルは、館の半分が何故か崩れ落ちていた。
 バイオハザードの舞台みたいだなーと思いながら、僕らはあうあーと涎を垂らしながらそれを眺めた。


 歓楽街ぽい所があるらしいので夜に足を向けてみたが、呼び込みすら居らず、店の前でパイプ椅子に座りこんだババァが直接声をかけてくる始末だった。
 下を向き、黙って通り過ぎた。
 人っ子一人いない海岸沿いまで出て、コンビニで買ったビールを飲みながら、一言も喋らずに二人で海を眺めた。
 よく考えてみれば、お前なんかと旅行来たってどうせこうなるって分かってたのにな、何でいっつも同じ間違いを犯すんだろうな、s村のボヤきに僕は涎を垂らしながら、あうあーと答えた。


 僕もs村も完全に脳が溶けはじめていた。
 溶けはじめたと言うか、よく考えればそもそも最初から溶けている類の人間であった。
 あまりにも脳が溶けすぎて日本語を喋る事が出来なくなっていた、二人とも口を開けばあうあーという変な擬音しか出なくなっていた。


 仕事をしたり悩んだりして、社会人もどきの振りをしていたせいですっかり忘れていたが、そういえば元来僕らはこういう感じなのだ。


 それから一週間ほど熱海に滞在した。
 食事に出る以外はずっと部屋で有料チャンネルを見ていた。
 会話はなく、ずっと二人であうあーと言いながら、アンアンアンアン喚くブラウン管を肴に、缶ビールとポッキーとさきいかと貝ひもと塩ピーナッツを消費し続けた。
 十二時間毎に流れるある企画単体AVの中で男優が「乳首殺し!!キュ~!!」とか言ってたのがツボに入って、そのネタで二日ぐらい笑った。
 僕達があうあー以外の貴重なボキャブラリーを獲得した、奇跡の瞬間だった。
 驚いた事に、そんな生活でも金は全部使い切っていた。
 何に使ったのかは全く分からなかった。


 こうして八十万円をドブに捨て去る事によって、我々は確固たる自己を取り戻す事に、無事成功したのである。


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 戻ってきてからすぐにs村は不動産屋を辞め、何故かパチンコ屋で働きはじめた。
 ケバくて巨乳の同僚の彼女が出来て、その子が重度のバイブコレクターを公言しているような子で、ブログのネタの為にセックスよりバイブオナニーのお手伝いばかりさせられるのが不満だとこぼすようになった。
 僕としては割と羨ましい類の話だった。


 僕は社長に無断で仕事を休んでいたが、しばらくしてから連絡を取ろうとしても何故か繋がらず、ある夜ウエPから突然電話がかかってきて、あいつ夜逃げしたよ、と教えられた。
 僕はとりあえず、あうあーと答えておいた。


 s村のパチ屋も所詮は一時しのぎの単なるバイトだったので、二人で何か事業でもやろうかという話になった。
 ちょうどネットで見かけたオリエント工業のダッチワイフを使ったデリヘルが流行っているという話を思い出し、実際この案はそこそこ現実味を帯びかけたが、どっちが使用後のドールを洗浄するかという話になった際に大喧嘩になり、白紙に戻った。


 暇を持て余した僕は、ブックオフでプレステとバイオハザード3を買った。
 一ヶ月くらいずっとあうあーと一人ごちながら、タイラントとぐるぐる鬼ごっこをして楽しんだ。


「白梅に 明くる夜ばかりと なりにけり」

 そのようにほざいて薄れゆく頃には、きっとそういう思い出ばかりが、朝露のように点々と脳裏に張り付く事なのであろうか。

 


 

 南泉斬猫という有名な公案があって、ある禅寺で畜生に仏性が存在するかの議論になった際、近くに居た子猫を捕らえて南泉僧達に曰く、道得ば即ち救わん、道得ずんば即ち斬却せん、理を示せ、さもなくば子猫を切ると迫り、衆これに対する事能わず、南泉はついに子猫を斬る。
 その後、趙州という僧が寺に戻ってきた際に、南泉が同じ問いを投げかけたところ、趙州は履いていた草鞋を頭に乗せ黙ってその場を去った。
 南泉之を見て曰く、子若し在らば、即ち猫児を救い得たらん。


 20代前半の頃、大学を留年し続け、仕事に明け暮れていた僕が、唯一持っていた文学的な交流が、国文学の授業から派生した「二文シネマ会」と称された飲み会だった。
 機械を憎悪する国文学狂、自称ホスト、将来の見えない哲学者志望、親の金で赤字音楽活動を続けているオカマのシャンソン歌手、マッチョでプアな郵便配達員等、個性豊かな社会不適合者が寄り集い、東武練馬のワーナーマイカルでその時に興行1位と思われる映画を見た後に、近くのお好み焼き屋で、裏メニューの焼きナスに舌鼓を打ちながら、その作品の批判合戦を繰り返し、物質主義を貶しまくるという、意味の分からない会合だった。


 その中に、仏教徒がいた。
 短髪で痩せこけていて長身で、質素な格好で酒も飲まず、煙草も吸わず、小食で可能な限り肉食をせず、いつも薄い笑みを浮かべて人の話を黙って聞いている彼は、宗派は何?とかそういう質問についても一切答えず、ただ、私は大枠で仏教徒なんです、と答えるばかりだった。
 我々は彼の事を、何かの新興宗教にでもハマっているのだろうと認識していた。


 その日は確か、マトリックスの二作目だかを見た筈だ。
 劇中に出てきた、所謂米人の勘違いした日本文化を凝縮したような瞑想場面の話になり、その流れから禅、着いて何故か「南泉斬猫」の話になった。    
 そもそも僧が猫を斬るという所からして感覚が分からないし、凄くローカルなナレッジに依存していそうで兎に角鼻もちがならない、というシャンソン歌手に対し、国文学狂曰く、禅っていうのは仏門とは少し毛色が違う、信仰から派生して、目的が途中で哲学的な真理追求にシフトした結果、極右的なハードコアに発展したものであるとの見解を述べると、いえそれは全く違いますと、会合設立以来初めてぐらいの勢いで、仏教徒が突然口を開いたのである。


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「そもそも仏教は、根本的には、生殺与奪を否定しておりません。
 宗教には、常に二つの側面があると、私は考えております。
 所謂、本音と建前と申すもので、建前としては人に規範を課しますが、これは言わば国教としての体裁、つまり政治的な側面で、誤解を恐れずに言うのであれば、衆を統治しようとする為の詭弁です。
 そしてこれは、時代や世相によって、簡単に変遷します。
 その一方、本音では、人のあらゆる行為を、どこまでも肯定します。
 人だけではありません、森羅万象、あらゆる前世、今世、来世を含めて、在るがままに肯定します。
 教義というものは、対する者が「集」であるか「個」であるかによって、その振る舞いを自在に変えるのです。
 遠藤周作の、「沈黙」という作品を御存じでしょうか。
 あれは、そうした「集」と「個」での教義の振る舞いの差を埋められぬ、宗教人の葛藤を非常に良く描いております。」


「例えば、猫を斬るという行為を、一般で捉えると、確かに悪となるかも知れません。
 では悪とは何か。
 猫を斬るのが悪であるならば、虫を踏む事は、草を食む事はどうでしょう。
 我々は何を基準に、他の命のどこまでを殺める事が許されるのでしょうか。
 人は、基準を求めます。
 これを論理ではなく道理で説くのが、宗教の「集」の側面です。
 その一方、規範からはみ出た者を赦す、これも宗教の役割です。
 猫を斬る者が許されぬ社会で、猫を斬ってしまった者を、論理ではなく、道理で赦す。
 これが宗教における「個」の側面であり、この「集」と「個」の一見背反する概念の両立こそ、宗教が「政」つまり「まつりごと」ではなく、また「制」つまり「制度」とも違う、「聖」なるもの、である事の最もたる所以でもあります。」


「つまる所、問いの為に坊主が猫を斬る、というのは、仏教では有り得るのです。
 というより、「猫を斬る坊主」を決して否定しないのです。
 言うなれば、「そういう事もあるだろう」という感覚です。
「起こった事」は、「善い事」でも「悪い事」でもなく、ただ「起こった事」であります。
「仏のみぞ知る」と言うように表す事もありますが、その真意は、「森羅万象、人の埒外にあり、あらゆる生が、在るがままに存在する事が、人知を超えたところで許容されている」という事です。」


南泉斬猫が面白い所は、坊主が猫を斬った事でも、鞋を頭に乗せる不条理さでも無いと、私は考えております。
 この公案が、これ程人の俎上に上がるのは、唯一点、議論に対し、倫理や禁忌に触れた極論が突き付けられるという状況設定に尽きており、そしてその状況が比較的時代を問わず、普遍的に人類文化の根源問題として適用し得る所にあるのではないかと思っているのです。     
 例えば、中国の犬食文化に対し、もう何十年も海外の動物保護団体が痛烈な批判を繰り返しています。」


 知っています、と僕はそこで口を挟んだ。


 僕が滞米していた90年代後半の僅か二年間の間にでも、CNNは少なくとも2回以上、犬食文化に対し、「友を殺すな」という強い批判的なメッセージを込めた報道を発信した。
 僕の知る日本人コミュニティ達は、その異文化に対する無礼な態度に一様に怒りを表したが、周りの現地人の反応は並べて報道に同調を示すものばかりだった。
 Kマートでステーキ用の汚い牛肉を買っている際に、典型的なピザイーターに、モンキーそれは犬じゃねぇよ、と声をかけられた事は数知れない。
 近所にあったチャイニーズデリバリーの店は、半年に一回程の頻度で、店先に何かの糞尿を大量にばら撒かれていた。
 現地の友達は、僕が教えたイヌチクショーという言葉の響きが面白かったのか、そのデリバリーにホットシュリンプを注文する電話を掛ける度に、その単語を連発した。
 もちろん僕もそれを見て笑っていた。
 テネシー州スィートウォーターは、その広大な自然に相応しく、紛れの無い未開の地であった。
 そこにはそもそも、文化が存在していなかった。


 そういう話をすると、仏教徒は、浅く何度も頷いた。


「畜生に「仏性」はあるか。
 仏性とは何か。
 仏性とは、極端に言うと、「食ってよいか、否か」という事であります。
 宗教はいつの世も、「我々が共存する範囲を、国境以外で規定する物」であります。
 故に宗教は巨大になる際に必ず、集団管理の概念に辿り着き、権力との融合を果たすフェーズが訪れる事になる。
 国教に匹敵する教義にはいつも必ず、「個」を蔑ろにした「集」の理念というべき物が存在します。
 最初に僧達が議論していた事は、言うなれば「集に於ける規定」を「個がどこまで真摯に受け入れるべきか」と言えるでしょう。」


「答えはシンプルです。
 それは「個人の好み次第」です。
 例えば私はトマトが嫌いで、食べると顔が真っ赤になってしまうんですが、それと全く同じ事なのです。
 彼らの誤謬は、ただの個人の嗜好についての規範を、集に於ける唯一な真理が存在するという前提で議論してしまった事にあるのです。」


「この種の議論は「集」と「個」の視点を意識しながら、両者の間を頻繁に移動しない限り、結論に至る事が出来ません。
 しかし宗教家は、この「集」と「個」の区別を言語化する事が出来ません。
 禁忌として、出来ないのです。
 それは宗教が、論理ではなく、道理だからです。
 想像して下さい、斬猫を法として禁じておきながら、それを犯した者を簡単に赦す社会を。
 成り立つ訳が無いのです。
 だから宗教は論理では成り立たないのです。
 経験則や奇蹟譚に依存し、道理で人を納得させるのです。
 思索を深め、何よりも個人の納得を追求する禅において、「集」の視点を捨て去る事は、絶対です。
 しかし、宗教家がそれを論として口に出す事は出来ない。
 だから南泉は、「こういう事も集に於いては自然だ」と示す為に猫を斬り、趙州は、自らのナンセンスな行為を、斬猫と「集に於いて等価である」と示したのだと思うのです。」


「これは宗教家の涙であり、深い絶望を示す話であるように、私は思うのです。
 そして実は私は、その絶望に耐え切れず、仏門から逃げ出した人間なのです。」


「私は、例えば、ジョンレノンが嫌いです。
 学生時代、「想像しよう、国境の無い世界を」などと教師に歌わされ、そしてそれに抗えなかった自分が許せませんでした。
 その世界に、きっと私は居ない。
 その確信があったからです。
 そしてそうした自分の思考が、ともすれば反社会的と捉えられ、きっと迫害を受けるであろう、こう妄想し、世俗を憎みました。
 かといって反体制を気取る訳にもいかぬ、私は拙い頭脳しか持たず、他にどうしようもなく、仏門に駆け込んだのです。
 勿論そこに望む答えがある訳でもありませんでした。
 出家も叶わず、仏門からも逃げ出し、中途半端に世俗を拒みながらも、こうしてふらふらと在野している次第なのです。」


「私はただ受け容れられたい、力も持てない、寂しいだけの畜生なのでしょう。
 だからこうして今夜、皆さんと話し合えた事、このような夜の経験が、きっとかけがえのない思い出になる事でしょう。
 本当に、皆さん、ありがとうございます。
 もしよろしければ、乾杯をさせて頂きたい。」


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 そうして我々はお互いに肩を抱き合い同志よと絶叫し閑静な東武練馬の住宅街にimagineの大合唱を一晩中響き渡らせた挙句イオン前派出所の屋根に全員でよじ登りフリークスのフリークスによるフリークスの為の日本国建立の詔を宣った結果僅か3時間のお巡りさんの説教だけで奇跡的に我が家への生還を果たす事が可能となったのである
 

 例えば、火を起こす事自体が、魔法だった時代もきっとある筈よ、と味噌汁の鍋をコンロにかけながら、彼女は言った。
 こうやって蛇口をひねると、それだけで綺麗な水が出る、不思議だと思わない?


 リモコンでテレビをつけると、成田のfedex便着陸失敗の事故のニュースで持ちきりだった。
 飛行機が飛べる理由が、実はまだよく分かっていないって話知ってる?
 まぁちょっと捻くれた話なんだけどね、そもそも飛行機どころか、物に重さが何故あるかって事が、物理学のある分野のある視点に於いては、よく解明されていないって話なんだけど。


 まぁとにかく、昔の人が今の私達の生活を見たら、びっくりするでしょうね。
 モーセが海を割ったなんて話ぐらい、簡単に信じちゃうでしょ。
 物理学ってね、すごく簡単に言うと、現実の事象に対する、ただの言い訳なの。
 屁理屈って言ってもいいのよ、けど、気の遠くなるような長い時間に渡った観測と、緻密な作法に基づいた屁理屈だから、簡単にひっくり返せないだけなの。


 本当よ。
 私達の生活って、ただの屁理屈の上に成り立っているのよ。
 怖いと思わない?


 宇宙の始まりを想像してね、狂った学者が何人もいるの。
 すごくね、分かるんだよなぁ、その気持ち。
 考えて考えて、考えすぎると、自分が生きている事が、段々信じられなくなってくる事無い?


 そういう時にね、今日のご飯なんにしようかなぁって考えるとね、ふっと地に足が着いたようになって、安心するの。
 あぁ帰ってきたって。
 何も怖い事は無いし、どんな失敗しても、悔やむ必要も無いんだ、大丈夫だって。


 だからどれだけ豚肉を焦がしたとしても、そんなのは、取るに足らない、瑣末な事よ。


 そうして、白飯と味噌汁と海苔の佃煮だけの、夕食が始まった。


 修士号を取った彼女は、その翌年に渡米し、強姦された。
 帰国後、数人の友人だけにその事実を明かし、親からの仕送りで引き篭もりになった後、醜く太って、自殺した。


 凡ゆる現象に屁理屈をつけ続けてきた彼女は、その最後にとうとう、暴力という余りに原始的な作用に対して、どうしても屁理屈をつける事が出来なかった。


 それは多分、何処にでも、よくある話だ。


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《分かる》かよお前に、オレンジ色のカプセルを投げつける女の眼球に走る血管が、まるでタイムラプスのようにカクリカクリと蠕動する、その様は過去のどんな映画も為し得なかった、至高の表現技法である、現実はいつも、空想を凌駕し続けると言ったのは誰だったか、我々は現実を越えた現実の、そのたったコンマ一秒を凌駕しようと、芸術に立ち向かい、そして敗北し続けている、コンピュータが芸術を支配し、されど理想は未だ遠く、断言しよう、計算機が現実をシュミレートし尽くした時、そこにあるのは間違いなく感動ではなく、所詮こんなものだったのか、という絶望であるだろう、果たして君に、それが《分かる》だろうか?
 眼前の女の罵倒と、モニタ越しに聞いた何処かの映画監督のインタビューが、オーバーラップする、脳はいつも、都合のよい物しか、見せようとしない、確かな事は、この女が病んでいる事である、それも極めて現代的な、紋切型のプロセスを経て。


 彼女達は皆、ライン工の作る鋳型の様に、一様で、全く見分けが付かない。


 ポーチに詰められた色取り取りの薬物を机にばらまき、そして大切そうにしまう女の横顔、「午前三時の女性」というものは、いつも我々に現実のみすぼらしさを、嫌になるほど残酷に見せつける、その肌の質感は、まるで死人の様に蒼褪めており、微かな凹凸が支配する乾いた顔皮が、これでもかという程に、半径5mの世界の、全ての精神の未熟を曝け出す、対照的に脂ぎった僕の頬には、大きな面皰が出来ており、明け方の洗面台の鏡の前で、それを潰す様を想像する、醜く突き出た中年腹の横が痒く、同じ物が出来ているのではないかと思う、その黄白色の、どろりとした汚物が、きっと腹からも出てくるのだろう、全て絞り出せば、大量の膿が流れ出て、きっと皮一枚になってしまう、その様になった僕は果たして、生きているのか、死んでいるのだろうか、全てはきっと、薬のせいだ、これを生み出したのは一体誰なのだろう、製薬会社、企業、金、経済、科学、数学、哲学、精神医学、クレペリン、フロイ ト、ドレイ、デニカー、病理学、療法学、病跡学、腫瘍学、唯物論、資本主義、欲望、性的欲求、貧困、幼児虐待、強迫観念、摂食障害、カレンカーペンター、 承認、罪業、裸のランチ、グレートギャツビー、ヘミングウェイ、ロストジェネレーション、渇望、支配、阿片戦争新興宗教、マンソン、ニーチェ、ドーパミ ン、禁忌、怠惰、至高の快楽としての危険、アメリカンサイコ、イヴの林檎、この世の全ての文字と言葉、まだ子供だった頃、あなたは図書館に眠る大量の書物に出会い、読み耽り、その先にある未知の世界に、その幼い胸をときめかせなかっただろうか、学問の齎す知恵と、時の蓄積の美しさに打ち震え、何もかもが輝いて見えた、我々が学び続けるのは、このような醜い現実の為ではない、希望の為にこそ、ただ希望の為にこそ、 我々は思考し、勉学する、考える葦、陳腐だが、真実だ、勉学は、堕ちる為の手段ではなく、歓喜の上昇気流であるべきだ、どうしてこうなった、我々は常に問い続ける。
「こんな筈じゃなかった」、と。


 これが勤勉と発見と創出の人類文化の結実、そして終着地でもしあるならば。
 我々は確かに、害悪に他ならない。
 人類は、明白に、腐っている。


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 験なきものを思はずは一杯の、と深夜の酒席で、彼がぽつりと呟いた。
 彼はエンジニアで、当然のように精神を壊して、次の就職先を探している最中だ。


 何だっけ、と聞くと、万葉集ですよ、と返ってきた、あれだけ古典古典って言っておいて、大したことないですね、僕は思わず赤面してしまう。
 最近、ふと古典が大事だって言われたの思い出して、色々手を出してみているんですよ、国語の教科書読み返して、出典を舐めていったりとか、そんなんですけど。
 濁れる酒を飲むべくあるらし、いい言葉ですよね、療養中色んな物に手を出したんですが、これが一番効きましたよ、お陰でアル中一歩手前ですけど、このまま浮浪者になってもいいかなぁなんて思っちゃうんですよね。


 彼の瞳は、そうした精神状態によくある人と同様に、おどおどとしていて、ジョッキを握る手は、常に微かに震えている。
 とにかく、今は万葉集をずっと読んでいるんですよ、といっても解説本ですけどね、梓弓引かばまにまに依らめども、そう言って僕の顔を覗き込む彼に、僕は顔をしかめながら、いや出てこない出てこない、と言い、誤魔化すように梅酒を飲み下す。


  後の心を知りてぬのかも、あれ、かてぬかも、でしたっけ、駄目ですね、ちゃんと文法も覚えないと、そう惚けた顔で諳んじる彼、万葉集の中身なんて、こういう風にならなければ、一生知る事は無かったですよ、でもおかしいじゃないですか、俺はじゃぁ義務教育で一体何を勉強していたんだろう、大学もいれれば十六年間です、十六年間、学校が教えてくれた事が社会で役に立った事なんて一つも無かった、こんな風に心を壊して初めて、癒してくれた唯一の物が、子供の頃に嫌がらせの様にタイトルだけ覚えさせられた古書の一節だなんて、もう、何だか意味が分からない。


 俺の人生は一体、何だったんだ。


 それは少し、斜に構えすぎた物の見方になってしまっているんじゃないかなぁ、と僕は答える。
 病んだ人間にかける真摯な言葉等、存在しない事を、僕は知っている。


  なんかね、再就職とか馬鹿らしくなってきたんですよ、田舎で農業とかやって暮らしたいなぁとか思うようになっちゃって、昔ならそんなのは負け組だとか思っ たりしたんですけど、最近はそうじゃなくて、なんて言うか、このまま東京で働き続けるのは、犯罪のような気がしてきたんですよね。


 目立たず、喋らず、ただ食って、死ぬだけの、一体何が悪いんですか。
 カウンター横のテレビに映った、IT企業の社長を睨みながら、彼は言う。
 こいつらなんかより、乞食の方が余程、健全だ。


 彼はきっと、僕の同意が欲しかったのだろう。
 けれど僕には、それに答えるだけの度量もなく、責任も負いたくなかった。


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 はじめて、図書館に足を踏み入れたのは、小学一年生の入学式の次の日だった。
 学校の図書館ではなくて、区営図書館だった。
 下校途中に、ふらりと、入ってみた。
 最初に手に取ったのは、天路歴程の絵本だった。
 アラン・パリーの挿絵のやつで、どこかグロテスクな匂いのする絵柄で、妙に自分が、大人になった気がした。


 ただ一つ気にいらなかったのが、丘の十字架の前で、重荷が背中から外れて、クリスチャンが飛びあがって喜ぶシーンだった。
 他のページのように、淫靡で妖しい美しさがそこにはなく、安く嘘くさいテレビのワンシーンのようなその挿絵に、僕ははっきりと興醒めした。
 クリスチャンは、苦しんでいたからこそ、美しかったのだ。


 ベン・ジョンソンが、好きだった。
 運動は不得意な方だったし、陸上というスポーツにも全く興味はなかったが、沈んだ黒い皮膚と、健全なアスリートとは言い難い、鋭く暴力的な眼光に、僕は惹きつけられた。
 その頃ちょうど、「長距離走者の孤独」を読んだのも、関係していた気がする。
 100m走で見かける選手は、皆黒人だったが、彼は飛びぬけて異彩を放っていた。
 体つきが、他と比べてどこもかしこも硬そうで、威圧的で、尖っていた。
 肌の色が、何故か不健康に見えた。
 まるで年をとったカラスのように、光を全て吸収してしまうような、どろりとした漆黒だった。
 走り出すと、スタートした瞬間から、まるで地面を殴りつけるようなインパクトで駆け出し、地球をねじ伏せようとしているかのように、どすりどすりと重力に逆らうように、力強く足を振りまわす。
 暴力的な悪魔のようにも見える彼が、この世で最も速いと言う事が、とても美しく思えた。
 走り終わった後の、瞳が格別だった。
 強く、ただそれを知っているだけという趣で、それ以外には何も感じていないように見えた。
 奢りもなく、虚飾もなく、ただ超然としていて、突き抜けるように爽やかだった。


 カソリックの小学校に通っていた。
 月曜日の午前中に、聖堂でミサがある。
 神父は居なく、シスターが次第を執り行う。


 ある日、ミサの中で、老齢のシスターがこう言った。


 清い心は、目に表れます。
 ベン・ジョンソンが、薬物を使用したというニュースが、最近ありましたね。
 カール・ルイスを知っているでしょう。
 二人の目を、比べてごらんなさい。
 皆さんにも、簡単に分かる事でしょう。
 私には、最初から分かっていました。
 ベン・ジョンソンの目は、正しい人の目ではないと。
 毎朝、鏡を見て、自分の目を確かめなさい。
 目が濁っていれば、心を見直しなさい。


 ミサの途中で喋るのはいけない事で、シスターの言う事に逆らうのは悪い事だと、子供なら誰でもそう教えられる。
 だから僕は、黙っていた。
 心の中は殺意で溢れていて、行き場の無い怒りは、不思議な事に体温を冷ましていった。
 もし、心の中を、あの十字架に掛けられた男が見透かせるのなら、僕の上に雷を落とすだろうか、雹を降らせるだろうか。
 その想像すら、悔しくて、僕は何もかもを、奪われた気がしていた。


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 生きる事は、壮絶な戦いなのだと、陳腐な顔をした老人が、言った事がきっと幾度もあるだろう。
 それは多分に真実で、どんなに単調な人生でも、何かにつけ、戦う機会は訪れる。
 きっと、誇り高く、上を向いて、堂々と、槍を天に向けて、投げつけるべきであるのだ。


 それでも、何かが、我々にそれを、躊躇わせる事がある。
 レイプされた彼女は、暴力に抵抗し続ける事に。
 依存症の女は、承認と、一時の安息を得られなくなる事に。
 精神を病んだエンジニアは、金や、世間体や、常識から逸脱する事に。
 他の誰かから見れば他愛のないかも知れない、ほんの少しの大きな何かに気圧されて、彼らは下を向き、力なく槍をその手からこぼす。


 その弱さを否定する事が、僕には、どうしてもできない。


 僕は、あのベンを否定された冷たい朝の聖堂で、シスターの頭を両手で掴み、澄ましたステンドグラスに、思い切り、叩きつけてやりたかった。
 色とりどりのガラス片が、彼女の醜い顔に刻まれた深い皺に突き刺さり、流血が出来損ないの前衛芸術のように、茶と黒と僅かの白が支配する、味気ないキャンバスを美しく彩る。
 絶叫は、讃美歌よりも高らかに響き渡り、オルガンのハ短調が、俯瞰の角度の画面を、荘厳に演出する。
 僕はきっとこう言った、キリストが血を流しているのに、お前が傷ついていないのは、だっておかしい事じゃないか。


 それはきっと、いけない事なのだろう。
 だとすれば、僕の槍は、一体どんな形を、しているべきだったのだろう。


 僕はあの日、聖堂で、愚鈍に、槍に手を伸ばす事も無く、自動的に、死んでいた。
 何も納得できずに、何も取り返せなかった事が、信じられない程に惨めだ。

 

 


 神は、林檎を齧るイヴを、悲哀に満ちた眼差しで一瞥し、足早に楽園を去った筈だ。
 残された物は、ただ空虚な欲望を湛えた、妖しく滑る蛇達のみ。
 我々は膨張する宇宙から取り残され、閉じた楽園で、絡む蛇の毒に幻惑されたまま、ただひたすらに、佇んでいる。


 やがて、曖昧になって、何もかも消え去ってしまう。
 

 物静かな彼は、貧乏長屋に住んでいて、風呂も便所も無い六畳に満たない殺風景な部屋には、裸のままの書籍が素っ気なく床に積まれている。


 カーテンの代わりにブルーシートが窓を覆っている、閑静と呼ぶには心苦しい、物音を立てる事が禁忌であるかのような重い静寂が支配する小さな空間を静かに見学した後、僕はその長屋の共同和式便所で排便し、玄関口で僅かばかり雑談した後、帰宅した。


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 彼を見るたびに、僕は「ヘルレイザー」の、ピンヘッドを思い起こす。
 単に、坊主頭だからである。


 僕にとって、「ヘルレイザー」と言えば、多くのファンが失望したであろう、サスペンスへと路線変更した5作目からが本物であった。
 2000年に公開された「ゲートオブインフェルノ」では、低予算故の出来が酷評されたものの、ピンヘッドを狂言回しとしながら、現実と虚構の狭間を、境界を曖昧に往き来するどこか冷徹な物語世界に、深く陶酔した記憶がある。
 主人公の刑事が、不可解な「何か」に呼び出されたアパートの一室で、部屋の真ん中に設置された望遠鏡越しに、無意味に殺戮シーンを見せつけられる、その無味乾燥な、只の暴力と呼ぶには余りにも性的で内向的で倒錯的な、その秩序立った不条理にどっぷり浸かりながら、永遠にこの世界を彷徨っていたいと、強く夢想していた。
 ピンヘッドはめくるめく快楽と禁忌の許容の世界への案内人であり、僕にとってはそこら辺のガバマンなんかより、よっぽどセックスシンボル足り得る存在だった。


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 目黒のクラブにて、ピンヘッドの仮装を見かけた。
 今日は、ハロウィンであるらしい。
 僕は、ハロウィンが大嫌いだ。
 そもそも馴染みが無いし、この手の行事は、ドン底で生産性も無い、ゴミのような青春時代を思い出す。
 だからかどうか分からないが、僕はその仮装を、とても不快に思う。
 家から出なければ良かったと後悔する。


 その仮装男を、今から、殺そうと思う。


 それは非常に甘美な、夢想だった。


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 連れに黙って帰宅してから、携帯から今日出会った人間の連絡先を全て消去した後、久し振りに、部屋で映画を見まくった。
 昔よく見ていた作品ばかりだ。
イレイザーヘッド」「ブルーベルベット」「ヴィデオドローム」「ゴッドアンドモンスター」「鮮血の美学」。


 ホラーを見る時の、正しい姿勢がある、これはフィクションであると強く意識し続ける事、そして同時に、これは決してフェアリーテイルではなく、瞬後私にも起こりうるリアルであると、はっきり認識する事である。
"Piss your pants"
 その暴力的な原風景に、この世が不条理なまま、ただ満たされていると感じる。
 それは確固たる、安堵だ。
 暴力も異常も彼岸ではなく、常に偏在している。
 いつ階上の中国人が、部屋に乗り込んできて暴れるとも限らない。
 いつかのその時の為に、部屋の扉は、常に開け放してある。


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 女性に一度だけ暴力を振るった事があり、確か二十四歳頃の事で、「SAW」が大好きだという所謂エセサブカルの塊みたいな女に、新宿のHUBで「キラーコンドーム」を執拗に薦められて、家に来たら見せてあげると言われた瞬間に、渾身の力で腹に膝蹴りを入れた。


 酔った勢いでという訳でもなく、機嫌が悪かった訳でもなく、自然に、冷静に、自動的に、僕はその行動に推移した。
 お陰で色々な人と縁を切る事になったが、驚く程に、後味が悪くなかった。


 一人だけ、まぁ気持ちは分かるんだよなぁ、と言う男友達が存在した。


 例えが悪いのかもしれないけどさ、要は「アルマゲドン」見て泣くような人間にはなりたくないって事だろ、でもやっぱお前間違ってるよ、岡本太郎がさ、ゲルニカを見て泣き崩れたって話知ってるか、俺いっぺん「アンダルシアの犬」を見ながら泣く女を見た事あってさ、シュルレアリスムは結構本気で勉強したつもりだったから、その女を本当に殺してやりたくなったんだけど、でもよくよく考えてみたらさ、岡本太郎もアンダルシアの女も、一緒なんじゃないかって気がするんだ、感極まって泣いたって事だろ、アルマゲドンだって一緒だよ、大事なのは感極まるって事であって、何で心が動いたかなんてのは、些細な事なんじゃないかな、最近すごくそう思うんだ。


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 長屋住まいの彼に、僕は言う、こんな部屋でよく生活出来るね、彼は答える、特に何も不足はないですけれどね。
 ここで静かに本を読んでいる時が、一番幸せですよ。


 僕はそれを聞いて、僅かばかりの嫉妬を抱く。


 彼は見るからに変人で、ただ歩いているだけで職質を受ける。
 僕はいつも、彼を馬鹿にする。
 周りも彼を、変人扱いする。
 彼は貧乏で、静かで、真面目で、常に誠実である。
 他人を侵さず、いつも一人で充ちている。


 ある人間が言う、いい大学を出たのに、どうしてあんなんで満足しているのか、本当に意味が分からない。
 僕は適当に相槌を打ちながら、そう言い放った男に対し、明確な殺意を抱く。
 そして、その場でその男を殺せない自分を、激しく嫌う。


 それは仮装男への殺意、或いはエセサブカル女への殺意と、恐らく同質の物だ。


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鮮血の美学」の扇情的なパッケージの裏に、申し訳なさげに貼りついていた裸のDVDには、"paris,texas"と油性ペンで書かれていた。
 これはもう、見る必要はない。
 十代の終盤、ビデオテープが擦り切れるまで、繰り返し見た記憶がある。


「小便小僧の恋物語」の上にダビングされたそのテープは、全てのカットが、脳内で完全に再現しきれるようになるまで、生命の切れるまで働き続け、何も上書かれる事の無いまま、完璧にその役目を果たし終えた。


パリ、テキサス」を見た事が無いのであれば、あなたはきっと、見た方が良い。
 細切れの思わせぶりな情景の連続が紡ぐのは、非常に普遍的で、どこまでいっても合理的になれない、人間の単純な一つの性質についてである。


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 制御不能で不可解な己の情動を、遠く遠くから俯瞰する時、それがどれ程醜く、不誠実で、拙い感情であっても、ただ距離をひたすらに置いて眺めるだけで、全く違う情緒が、別の所から湧き起こる。
 それは一般的に言うのであれば、郷愁であり、もっと直接的に言うのであれば、陶酔であり、つまり、非常に原始的な、快楽の衝動である。


 遥か昔、人は喜びも悲しみも、ひたぶるに心が動かされることをただ総じて、一言「あはれ」と表した。


 あなたが持っているかも知れない、他人を幸せにしたいだとか、成功したいだとか、夢を叶えたいだとかいう常識に基づいた真っ当な欲望は、六畳一間で本に囲まれている時に感じる安堵や、望遠鏡越しに殺人を眺める刑事の絶望や、受け容れられぬ他人を殺したいという狂気と、等価であるという物の見方が、この世にはある。


 六畳に住む坊主は、裕福でスマートで、いつも皆の憧れであり、
 ドナルド・トランプは、正義のジャンヌダルクであり、弱者の希望の火炎瓶であり、
 血塗れのピンヘッドは、きっとPLAYBOYの表紙を飾るだろう。


 何もおかしい事は無い。
 何もが起こり得るし、何もかもがストレートだ。
 隣人はあなたを殺すかも知れないし、あなたが隣人を殺すのかも知れない。
 虚飾は無く、全てが、ありのままに、事実である。


 そういう基準の中で、我々は生きている。
 しかして、我々とは一体誰の事なのか、僕には果たして、全く分からない。

 浪人時代、とある事情から、ある隠居した教育者の老婆の家に居候し、教えを請うていた。


 僕と老婆は大変に仲が悪く、台所をヤニ塗れにする僕を彼女はいつも「下郎」と呼び捨てた。


「下郎」とは何か、それは卑しい者という事ではない、学ぼうとしない者の事だ、お前は常識を学ぼうとしない、学びなさい、人間にはその義務がある、いいから吸殻は灰皿に捨てなさい。


 そう説教する彼女を無視して、僕は彼女の住む公営住宅の台所の窓とベランダから、嫌がらせのように吸殻を一年近く投げ捨て続けた。


 僕には教養がなかった。


 彼女は古典に心酔していた。
 僕に課せられた主な受験勉強は、源氏物語を読み解す事だった。


 狭い六畳に書が山と積まれた勉強間で、桐壷を読み下しながら、その描写の隅々に秘められた「趣」や「あはれ」とやらを、様々な引用を元に情感高く語る彼女、そして折に触れてはこのような事を宣う。


 自由等というものは存在しない、もしこの世が本当に平等だというのであれば、私はもっと美しく生まれたかったし、戦争も貧困も経験する必要はなかったはずだ、不公平などという物は、世の理として人間が受け入れなければならない当然の事である、一生涯、子を産む事能わず藁を紡ぐ醜女がいる、彼女の人生が不幸であると誰が決められようか、彼女が長くつらい冬を越え、春の朝の訪れと共に一人白梅にふる露に感じ入り、「あゝ」と口を開く、その心の動きを感じ取り、そこに喜びと価値を見出す人間になりなさい、情も驕りも捨て、人心の動きを静謐にただ量ることこそ、学問の髄である、古典を学びなさい、お前が考えつくような事は、遥か昔に中国人が全て著し尽くしている、自分が必死で創り出した甘い考えの、それ以上の物を古典の中に見つけ出しなさい、そしてそれに打ち負けたと考えるのではなく、深く感じ入る人間になりなさい、人を人たらしめている動機とは何か、それは何かを創り出す事では無い、ただ万物のあるがままに「あゝ」と感じ入る事ができる、その心の持ちようである、あらゆる物を学びなさい、ただひたすらに学びつくして、ひたむきに「あゝ」と感じ入りなさい。


 源氏を終えた僕はようやっと赤本に進み、残りは付け焼刃の数学と英語のみで何とか大学に進学する事が出来た。


 老婆は大変に喜び、僕に蔵書を全て譲ると言う。
 全部売り飛ばすよ、と僕が言うと、彼女は、別に構わんよ、とどこか清々とした顔で言い放った。
 その後、彼女に一度も挨拶する事も無く、蔵書の引き取りもせずに、僕は進学という口実で、ただ友達のバンドを手伝う為だけに上京した。


 僕はついに教養を身につけられなかった。


 何年か後に帰郷した際に、老婆が潰瘍だか腫瘍だかで腸を切除した、とかいう噂を聞いた。
 元教え子達が諸々費用を工面したり、その後の生活の面倒を見たりしていたらしい。
 今現在どうなったか知らないが、どうせ死んでしまったのだろう。
 あれから十五年近く経っている。人一人が消えるには十分な時間だ。


 そう考えていた矢先に、老婆が今年のはじめに亡くなっていた事を伝え聞いた。


 特に何も思わなかった。


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 深夜の吉原を徘徊するのが好きだ。


 壁一つ隔てた場所で、人の情欲が整然と処理されていた、その名残の空気を吸いながら、道路に積まれたゴミ袋と、タオルや毛布をトラックに積み込み続ける業者を脇目に、長い時間の果てに穢れを緩やかに取り込んだ、生活感溢れる静かな街を、路地裏まで隈なく散策する。


 千束三丁目の交差点から東へ入り、水道局を左折し、吉原大門を経由してじぐざぐと、ぐるりの果てに弁財天の池の前で煙草を吹かしていると、そのような場では誰にでもあるような事で、身勝手な郷愁が襲い、物思いに耽る事がある。


 帰宅する頃には大抵、そうした感慨は跡形もなく消え去っているものだが、稀に余韻が強く残る事もある。
 それはどのような酔いや射精よりも、永く強い余韻を孕んだ、紛う事無き純粋な快楽である。


 物を書く、という行為は只シンプルに気持ちが良い事で、まんじりともせず思考に耽る事の何倍も強く、精神に作用する。
 例えば酒、例えば女、例えば薬、スポーツにしろ音楽にしろ、肉体の動作経験を経由して精神に作用する享楽を人間という動物は殊の外好むようで、それらは決して即物的な快感に直結する物に留まらないらしい。


 あの老婆は殆ど物を記す事が無かったが、読む事に掛けては気が違っているのではないかと思うほどだった。
 老人にしては異常に短い睡眠時間、恐らく三時間前後だろう、それ以外の全ての時間を読書に捧げていた。


 彼女は自分を教育者だと言う、しかし僕からしてみれば、ただの貧しいだけの生活能力の無い書狂だった。


 彼女は貧しく、ただ読み続け、身寄りも無くひっそりと死に、何も生産しなかった。


 そうした人生を、世はどう評価するのだろうか。


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 大学に合格したと報告に行った日の事、異様に機嫌の良かった老婆は、これで最後なのだからと僕を引き留め、その日僕達ははじめて、狭い六畳の勉強間で、二人で酒を酌み交わした。


 酒が弱いか、と彼女が言う、僕は答えずに黙って舌打ちをして、蔵書の積み重ねられた六畳間に、無駄に紫煙を吹き散らし続けた。
  酒に弱い男はむやみに煙草を吹かす、良くなりすぎた血流を、煙草で誤魔化すんだ、そういう飲み方でいい、大人になっても勉学をちゃんと続けなさい、そして事ある毎に人と酒を飲み交わしなさい、酒は人の口を軽くするが、そこには必ずお前にとっての未知が眠っている、未知とは即ち宝だ、書も人も、全て掘り尽くして自分の物にしてやりなさい。


    そうした言葉が、書を通さず、人間の口から直接発せられる様は、大変にむず痒く、居心地が悪い。
    大多数の人間は、現実に発せられる言葉という物に、思う程耐性があるものではない。


    何故だろうか、言葉、に限らず人の生活や文化の残滓という物は、人が死に、主体が薄くなりはじめてからようやく、その独自の存在性を獲得する。


    書は古ければ古い程、堅く素直で愛おしく、音楽は知らぬ国知らぬ時代の物であればある程、強く儚く美しい。


    教師という者に忌み嫌われ続けた僕にとって、敢えて恩師という者を指すのであれば、それは彼女になるだろう。
    彼女は死んだ。
    肉体は燃え、残った骨片は僅かばかりであろうか。
    もう老婆の醜さも、あの鬱屈とした勉強間も、不快な貧しさの匂いも消え去った。
    存在が消え、残る物は、肉の醜さを離れた言葉のみである。


    こうしてようやっと、僕は彼女を、情も驕りも捨て、ただひたむきに愛する事ができるようになる。
    人というものは、かくも虚飾に満ち溢れているものだ。


 ある蒸し暑い夏の朝、老婆が宮部みゆきを数冊片手に、台所でトーストをかじっていた。
 徹夜してしまいました、いい本を読んだ、よく勉強していて、丁寧で、本当に誠実で面白い、眠れませんでした、今もとてもワクワクしています。
 老人特有の粘着質な咀嚼音、それを安物のティーカップに注いだ紅茶を飲み込んで打ち消しながら、彼女は言う、
 私は今、青春の真っ只中にいます。


 今夜この東京で、彼女がその夜味わった以上の快楽を享受できる人間が果たしているだろうか、きっと一人も存在し得ない筈だ、命を賭けてもいい。
 

 聖路加に入院した知人を見舞った帰りに、清澄白河まで足を延ばす。
 庭園横の公園で湿ったベンチに座ると、一気に気力が抜け、だらしなく手摺を枕に横になった。
 時刻は18:30、もうすっかりと夏の気配を纏いはじめた空気が、陽が落ちていく事を証明しようとするかのように、妙に火照った身体に僅かな冷気をぶつけてくる。


 三十歳を超えた辺りから、死に触れる事が多くなった。
 死の匂い、というものがこの世には間違いなくあって、そうした匂いに触れると、僕は途端に人間性を失う。
 思考を怠り、感情を喪い、木偶人形のように虚ろに、ただひたすらに、あぁ面倒くさいなぁと、そう思い続ける。


 例えば、会った事も無い、文化人の死を嘆く人間が、理解出来ない。
 理解出来なくて、恐ろしい。
 人が一生の内に出会う死は、どれ程あるのだろう。
 何かの死に出会う度に、彼等はいつも、あのように心を動かすのだろうか。
 そのエネルギー量を想像すると、僕は恐ろしくて堪らなくなる。
 そのような熱量を消費しながら、彼等は何故日常生活を送れるのだろう。


 人の死が、面倒臭い。
 周りが悲しんでいる様に自分を併せるという作業に、膨大な労力を費やさなければいけない事が、辛くて堪らない。
 悲しみを一切感じられない事を、悟られないよう振る舞う事が、余りにも難しく、この世の多くの人間が意識的にしろ無意識的にしろ、悲しみの儀式を粛々と遂行出来ている事が、僕には信じ難く、何か決定的な自己の欠陥に気付かずに、愚かで虚ろで、破綻した人生を歩んでいる心持ちになる。


 死や喪失を、全く悲しめない。
 悲しい、だとかいう前に、何かの相関関係が、急に劇的に変わってしまう事が、とりあえず億劫で堪らない。
 それは恩師であろうが、昔の恋人であろうが、飼い犬であろうが、例え肉親の死であっても、変わらない。


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 下関に住む母方の祖母が死んだのは、僕が十九歳の時で、買い物の途中に、車に轢かれたのが原因だった。
 祖母が死んだ日、上京したばかりだった僕は、京都の実家に急遽呼び戻され、急いで浴場を借り、黒髪に染髪してから、家族全員で深夜、車で下関に向かった。
 車中で母が、電話受け取る前に私分かってたんよ、これが虫の報せなんやわ、とずっと同じ事を繰り返し喋り続けた。


 明け方、下関の家に着き、居間横の座敷に寝かされた祖母の遺体と対面した。
 母と妹が、遺体を見るなり、まるで漫画のような大粒の涙をぼろぼろと零す、その涙粒の大きさの、余りの非現実的さ加減が恐ろしく、立ち尽くしたまま、次にどう行動してよいか全く分からなくなり、ただ注意深く物音を立てないよう、気付かれないようゆっくり浅く息を吐き続ける、先に到着していた叔母が、事故の模様を延々と喋っている、轢いたのは祖母と同世代の老婆で、見晴らしのよい交差点での信号無視、即死、頭を強く打って内出血、遺体はね、すごく綺麗なのよ、腸がね、少しだけ下からはみ出ていたけど、綿を詰めてもらっているの、布団をめくると、全裸の祖母が現れた、所々にヨードが塗られて変色したような後がある、たっぷりと肥えており、あるかどうか分からない程の小さな乳房、脂肪のせいか、肌に老婆とは思えない張りがある、これが祖母だったのか、何度も会い、声を交わし、ひどく懐いていた筈だったが、そこに在るのは、まるでキューピー人形にも似た、滑稽さすら感じられる、遺体と呼ばれる肉塊だった。


 続々と親族が集まり始め、慌ただしく葬儀の準備が行われる中、僕は完全に思考停止していた。
 父から言われるがまま、偶に何やら身体を動かしていたのだと思うが、全く記憶に無い。
 途中、祖母を轢いた老婆の家族が謝罪に訪れ、叔母が玄関口でヒステリックに、お引き取り下さい、と声を荒げる場面があった。
 娘だろうか、その中に居た中年女性のオドオドとした振る舞いを見て、僕はどうしても近しい感覚を抱かずにはいられなかった。
 この居心地の悪い、何をしていいか分からない、悠久のように終わりの見えない時間が、いつ終わるのだろうかと、ずっと考えていた。
 兎に角、一刻も早く、一人になりたかった。


 
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 通夜を終え、慌ただしい空気が少し落ち着き、居間に集まった親族達が談笑を始めた頃、母が突然僕の肩を掴み、あんたどうしたんその顔色、と大声を上げた。
 喪服の母は、普段よりもきりりと引き締まった居振舞いに見え、僕は生まれてはじめて、あぁ素敵な人だなぁ、という感慨を、母に抱いた。
 あんたちょっとその顔色はおかしいわ、大丈夫やから、二階で寝てなさい、そう言って皿に盛った握り飯と漬物、ペットボトルのお茶を二本、僕に渡してくれた。


 誰もいない二階の書斎で、布団に横になりながら、持ってきた文庫本に目を通してみたが、やはり頭には入らない、食欲も無く、握り飯を一嚙りしただけで吐き気がした、カバンを漁ってみると、友達に土産でもらったガラナ葉巻が缶で出てきた。
 葉巻は濃い酸味に、気味の悪い甘みが付いたひどい味だったが、僕は意識を失ってしまいたくて、吹かすのでは無く、煙草のように煙をたっぷりと肺に入れ続けた。
 窓から見える夜の下関の街並みは、幼い頃、長く過ごした事もあり、親しみを感じられる物で、夜景に融ける紫煙が、幾分僕を落ち着かせた。
 トイレに行く為に階段を降りると、父が洗面所に居た。
 なんやお前その顔色、飯ちゃんと食ったか、僕が、葉巻を吸ってたら余計に気分が悪くなってきた、と伝えると、顔を近づけて匂いを嗅ぎ、なんやこれ、滅茶苦茶臭いぞ、と言って頭を叩かれる。
 わし、ちょっとおでん食いたくなってきたから、コンビニ行かへんか?


 コンビニまでは徒歩十五分くらいだった、おでんと肉まんと雪印コーヒーを二人分、ついでにパーラメントも買ってもらい、コンビニの駐車場に座り込み、二人で食べた。
 知らん人ばっかやろ、わしもう疲れたわ、お前もあんま無理せんで、疲れたら二階に逃げとった方がええで、あの人らは久々にみんなで集まって話す事一杯あるんやから、わしらみたいな部外者は適度におらん方が向こうも気楽やしな。
 父の言葉がとても嬉しく、同時にもしかしてこの人も、僕と同じような心持ちなんだろうかと思い、聞いてみたくなったが、黙っておいた。


 食べ終わって、煙草を吸っていると、父が一本寄越せと言う。
 あんた吸わへんのちゃうの?と聞くと、元々吸っとったけど、お前産まれるから止めたんやぞ、と言ってまた頭を叩かれた。


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 その夜、騒がしい階下の音を子守唄に、二階で浅い眠りに就いた僕は、何年か振りに夢を見た。


 人気の全く無い、夜の山中に流れる小さな川、蛍か何かだろうか、薄い光がぽつりぽつりと水面を鈍く照らす中、藍の襦袢に身を包んだ母が、腰までを水に浸している。


 妖しく、虚ろで、世の物ならざる趣の母が、白装束に身を包んだ死体を、水に流そうとしている。


 誰の死体か、祖母か、父か、それとも僕だろうか。


 川の流れは緩慢で、死体は少し流れる度に、川底から突き出た何かに引っかかり、母はその絡まりを丹念に解し、たっぷりと時間をかけて、もどかしくも丁寧に、下流へとそれを運ぼうとしている。


 縺れ合う母と死体、やがて彼らを中心にして、濃厚な紅が水面に拡がりだした。
 誰の血か、紅は川一面に拡がり、やがて母も死体すらも飲み込み、僕の視覚の余白にまで侵食して来る。


 一面の紅い視界に包まれ、僕は、これが自分なりの葬儀なのだと、意味の分からない事を、強く確信していた。
 

 「のりお」と最初に出会ったのは、興味本位に友達と入ったオカマバーでの事で、彼は従業員の一人だった。それからしばらく経った後に、馴染みのバーで偶然ばったりと再会したのが、僕達が仲良くなったそもそもの契機だった。
 その最初のオカマバーで、僕は隣に座っていた男性客に絡まれて揉め事を起こしていて、「のりお」はその事を申し訳ないと謝ってきて、一緒に飲んだ末に意気投合して、その日は結局バーのマスターと一緒に三人で、近くのフィリピンパブで朝まで飲み明かしたのだった。


 「のりお」は「きょうこ」だった。
 僕はずっと彼を「きょうこさん」と呼び、人前では「このオカマ」と罵った。
 「きょうこ」が「のりお」である事を知ったのは、知り合ってから大分後、彼の部屋でパスポートを見せてもらった時の事だった。


 「のりお」は男言葉を使う。
 若干甲高いが、落ち着いていて渋みのある、男性的な声だった。
 自分の事を「俺」と呼んだ。
 背が高く、色白で、華奢で、整った顔はしているが、女性と呼ぶには大分無理がある顔つき、けれどどこか清潔感が全身から漂っていて、一緒にいて不快を感じたことは一度もなかった。
 スカートに頼らない女装がポリシーで、酔うと僕の肩をグーで強く殴りつける。
 女性と話すのが大好きで、しょっちゅう安いキャバクラに出入りしていた。
 僕は彼をオカマというよりは、女装癖のある男性であるという風に認識していた。


 僕達は、とても馬が合った。
 家が近い事も手伝って、「のりお」が空いている夜は、なるべく二人が行った事のない場所、入った事のない店に入る。
 その店を出る頃には、大抵見知らぬ男女と仲良くなっていて、そいつらの金で朝まで飲み明かす。
 金が無い時は、僕の家か、「のりお」の家に行く。
 男性が多い場合は僕の家、女性が多い場合は「のりお」の家、というのが相場だった。
 僕達は、人を楽しませる天才だった。


 「のりお」は不思議な魅力のある人間だった。
 「のりお」はどんな場所でも、その場で一番洒脱で粋な、つまり空気が読めて、周りを引きつけて、そこそこ金を持っていて、適度に羽目を外せる人間を見つけだして、すんなりとそいつの懐に潜り込む事が出来た。
 僕も「のりお」もそれなりに複雑な人生を越してきていたので、他人が面白いと感じるであろう話を、いくらでも語る事が出来た。


 「のりお」は、他人の性については饒舌に語ったけれども、自分の性についてはほとんど喋ろうとしなかった。
自らの性の対象について聞かれると、男でも女でもいける、とそれしか言わなかった。
 彼は自分の性が男にも向いているという事をその外見でアピールしながらも、男性に対して恐怖や嫌悪を抱かせるような仕草や様子を絶対に見せなかった。
 少なくとも僕には、そのように気を使っている風に感じられた。
 だからこそ老若男女問わず、様々な人間から、すぐに好かれたのだろうと思っている。
 僕達は毎週のように、見知らぬ人間と出会い、仲良くなり奢ってもらうという、その遊びの繰り返しに熱中した。


 「のりお」から、タイで性転換手術を受けようと思う、という話を聞かされたのは、出会って半年ぐらい経ってからだった。
 僕は彼が女性になりたいという欲望をしっかり持っていた、と言う事に戸惑いを隠せなかった。
 今年中にタイに行く、そしたら俺は全く違う人間になる、だから過去の人間関係は全部清算する、お前とももうすぐお別れになる、そのような事を淡々と、何でもないというような口調でさらりと言ってのけた。
 そうなんだ、と僕は答えた。
 その後に何か言わなければ、と思ったけど、何も出てこず、僕はただ、うーーーーんと長く唸るだけだった。
 まぁ、もうちょい先だから、それまではちょくちょく飲もうぜ、「のりお」はそう言って、いつものように僕の肩を強く殴った。


 僕と「のりお」は、その後も以前と変わらぬペースで遊び続けた。


 夏が終わろうとしていて、「のりお」が旅立つまで、あと二カ月になろうとしていた。
 ある夜僕達は、珍しく二人きりで、朝まで飲み続けた。
 僕は虫歯を患っており、飲んでいる最中に歯の根元がぷくりと腫れてきて激痛を発するようになってしまい、「のりお」の家に行って鎮痛剤を分けてもらう事になった。
 薬を飲んでソファに少し横になる、爪楊枝で歯茎をいじっていると、腫れた箇所が潰れて膿が大量に溢れてきた、何度も口をゆすいでいる間に嘘のように痛みが引いたので、飲み直す事にした。
 手術終わったら日本戻ってくるんでしょ?そしたらまた飲もうよ、と僕が床に寝転びながら言うと、彼は急にしかめ面になって、お前さ、仕事楽しいでしょ、と突然言い出した。


 お前は、仕事あって、趣味もあって、友達もいるでしょ?そういうのって普通だよな、でも俺はさ、なんていうかどれだけ働いてても無職なんだよ、オカマってのは別に仕事でもなんでもないよな、オカマでも他にまともな仕事持ってる奴なんていくらでもいる、でも俺は学も無いし、趣味も無いし、何にもない、ただオカマなだけだろ、別にそれに対して何か思う所がある訳でもないんだけどさ、俺もうすぐ三十になるんだよ、だから何だってずっと思ってたけどさ、俺は自分がオカマなのか何なのかよく分かんないんだよ、何となく流れでオカマはじめたけどさ、ずっと違和感あるのさ、自分がオカマって事に、だからといって男でもないし、女でもないし、多分考えるのが面倒くさくて放置してたんだよ、そういう事を、そしたらさ、三十前にしてそういう事に何だかケリをつけたくなってきて、じゃぁちゃんと生きて行こうって自分で決めようとするとさ、いつの間にか俺は女になるってことしか選択肢がなくなってたんだ、分かんないだろ何言ってんのか、まぁ俺も分かんないんだけどさ、とにかく俺は色々ケリをつけに行くんだよ、したらさ、昔の事とか凄い邪魔なんだよ、邪魔っていうか、すごくつらいんだ、負担になるんだ、だからやっぱりさ、お前と会うのもうやめるわ、そういって「のりお」は缶ビールを飲みほして、悪いな、と呟いた。


 僕は、そっか、うん、よく分からん、と口にするのが精一杯だった。
 「のりお」と過ごしてきて、はじめて「気まずい」という空気を、僕は感じていた。
 長い静寂があった。
 なぁ、女になるってさ、実は全然わからないんだ、何も実感わかないんだけどさ、
 それでも俺は女にならないといけないんだけどさ、そう決めたからさ、
 「のりお」の長く赤い爪が、いらだたしげにテーブルを叩いている、
 最後だから、あえて聞くけど、ねぇ、「私」と、セックスできる?


 彼に性器を咥えられた、五分だったか十分だったか、もっと長い間だったのか、彼は拙く、僕の性器は柔らかいままだった、包茎気味の皮に腹部の陰毛が絡まって隆起を阻害しており、その絡まりを彼が口で解そうとする様に明確な嫌悪を抱いた、僕は微動だに出来なかった、彼は僕の性器以外の、どこにも触れようとしなかった、二人の呼吸音が、腹立たしい程に、重苦しかった、僕はただひたすらに、嫌悪していた、言葉のないまま、彼は突然立ち上がり部屋を出て行った、トイレに入った、長い間出てこなかった、延々と水を流す音が聞こえてきていた、僕は彼の唾液にまみれた性器を拭おうともせず下着をずり上げ、彼の部屋から無言で立ち去った。


 それから「のりお」とは、一切の連絡を取っていない。
 彼が自分の事を、「私」と言った事がひどく印象的で、その事が頭から離れない。
 その夜を切っ掛けに、僕は完全なインポテンツになった。


 最近になってやっと他人に、オカマにしゃぶられてインポになった、という話をする事ができるようになった。
 これは笑い話であって、面白くてひどい経験をしたという、それだけの話だという風に、自分の中で片をつけようとしている。


 けれども僕は、頭の片隅で、そういう事じゃない、とずっと思い続けている。
 そうじゃないんだ、という事を他人にうまく伝えられない事に、苛立ちを感じてしまっている。
 彼を典型的なオカマという陳腐なカテゴリに当てはめて、笑い飛ばそうとする自分に、明確な恥と、罪を感じてしまう。
 彼は多分、僕にとって、掛け替えのない、友人だった。
 彼が最後に言った、「私」とセックスできるかという、あの問いは、言葉通りに捉えてはいけない類の物だったのではないだろうか。
 彼は問いを間違い、僕は答えを間違った。
 彼は、言葉を知らなかった。
 僕は、誠実ではなかった。
 彼は、何かとても重要な事を、僕に言いたかったはずだ。
 それはもしかすると、僕にしか話すことのできない、彼のとても大事にしている、「何か」であったのかも知れない。
 僕は、その彼の「何か」に真剣に向き合って、言葉を尽くして答えるべきだった。
 僕達がすべきだったのは、ただ言葉を尽くす事、それだけの筈だった。
 そう考えてしまうのは、僕の都合の良い、ただの幻想に過ぎないのだろうか。


 友よ、赦せ、僕は間違った。
 ただひたすらに、間違ってしまった。
 何を間違ったのか、確信も持てぬまま、
 ただ毎日、そのように思って、悔いている。