浪人時代、とある事情から、ある隠居した教育者の老婆の家に居候し、教えを請うていた。


 僕と老婆は大変に仲が悪く、台所をヤニ塗れにする僕を彼女はいつも「下郎」と呼び捨てた。


「下郎」とは何か、それは卑しい者という事ではない、学ぼうとしない者の事だ、お前は常識を学ぼうとしない、学びなさい、人間にはその義務がある、いいから吸殻は灰皿に捨てなさい。


 そう説教する彼女を無視して、僕は彼女の住む公営住宅の台所の窓とベランダから、嫌がらせのように吸殻を一年近く投げ捨て続けた。


 僕には教養がなかった。


 彼女は古典に心酔していた。
 僕に課せられた主な受験勉強は、源氏物語を読み解す事だった。


 狭い六畳に書が山と積まれた勉強間で、桐壷を読み下しながら、その描写の隅々に秘められた「趣」や「あはれ」とやらを、様々な引用を元に情感高く語る彼女、そして折に触れてはこのような事を宣う。


 自由等というものは存在しない、もしこの世が本当に平等だというのであれば、私はもっと美しく生まれたかったし、戦争も貧困も経験する必要はなかったはずだ、不公平などという物は、世の理として人間が受け入れなければならない当然の事である、一生涯、子を産む事能わず藁を紡ぐ醜女がいる、彼女の人生が不幸であると誰が決められようか、彼女が長くつらい冬を越え、春の朝の訪れと共に一人白梅にふる露に感じ入り、「あゝ」と口を開く、その心の動きを感じ取り、そこに喜びと価値を見出す人間になりなさい、情も驕りも捨て、人心の動きを静謐にただ量ることこそ、学問の髄である、古典を学びなさい、お前が考えつくような事は、遥か昔に中国人が全て著し尽くしている、自分が必死で創り出した甘い考えの、それ以上の物を古典の中に見つけ出しなさい、そしてそれに打ち負けたと考えるのではなく、深く感じ入る人間になりなさい、人を人たらしめている動機とは何か、それは何かを創り出す事では無い、ただ万物のあるがままに「あゝ」と感じ入る事ができる、その心の持ちようである、あらゆる物を学びなさい、ただひたすらに学びつくして、ひたむきに「あゝ」と感じ入りなさい。


 源氏を終えた僕はようやっと赤本に進み、残りは付け焼刃の数学と英語のみで何とか大学に進学する事が出来た。


 老婆は大変に喜び、僕に蔵書を全て譲ると言う。
 全部売り飛ばすよ、と僕が言うと、彼女は、別に構わんよ、とどこか清々とした顔で言い放った。
 その後、彼女に一度も挨拶する事も無く、蔵書の引き取りもせずに、僕は進学という口実で、ただ友達のバンドを手伝う為だけに上京した。


 僕はついに教養を身につけられなかった。


 何年か後に帰郷した際に、老婆が潰瘍だか腫瘍だかで腸を切除した、とかいう噂を聞いた。
 元教え子達が諸々費用を工面したり、その後の生活の面倒を見たりしていたらしい。
 今現在どうなったか知らないが、どうせ死んでしまったのだろう。
 あれから十五年近く経っている。人一人が消えるには十分な時間だ。


 そう考えていた矢先に、老婆が今年のはじめに亡くなっていた事を伝え聞いた。


 特に何も思わなかった。


------


 深夜の吉原を徘徊するのが好きだ。


 壁一つ隔てた場所で、人の情欲が整然と処理されていた、その名残の空気を吸いながら、道路に積まれたゴミ袋と、タオルや毛布をトラックに積み込み続ける業者を脇目に、長い時間の果てに穢れを緩やかに取り込んだ、生活感溢れる静かな街を、路地裏まで隈なく散策する。


 千束三丁目の交差点から東へ入り、水道局を左折し、吉原大門を経由してじぐざぐと、ぐるりの果てに弁財天の池の前で煙草を吹かしていると、そのような場では誰にでもあるような事で、身勝手な郷愁が襲い、物思いに耽る事がある。


 帰宅する頃には大抵、そうした感慨は跡形もなく消え去っているものだが、稀に余韻が強く残る事もある。
 それはどのような酔いや射精よりも、永く強い余韻を孕んだ、紛う事無き純粋な快楽である。


 物を書く、という行為は只シンプルに気持ちが良い事で、まんじりともせず思考に耽る事の何倍も強く、精神に作用する。
 例えば酒、例えば女、例えば薬、スポーツにしろ音楽にしろ、肉体の動作経験を経由して精神に作用する享楽を人間という動物は殊の外好むようで、それらは決して即物的な快感に直結する物に留まらないらしい。


 あの老婆は殆ど物を記す事が無かったが、読む事に掛けては気が違っているのではないかと思うほどだった。
 老人にしては異常に短い睡眠時間、恐らく三時間前後だろう、それ以外の全ての時間を読書に捧げていた。


 彼女は自分を教育者だと言う、しかし僕からしてみれば、ただの貧しいだけの生活能力の無い書狂だった。


 彼女は貧しく、ただ読み続け、身寄りも無くひっそりと死に、何も生産しなかった。


 そうした人生を、世はどう評価するのだろうか。


------


 大学に合格したと報告に行った日の事、異様に機嫌の良かった老婆は、これで最後なのだからと僕を引き留め、その日僕達ははじめて、狭い六畳の勉強間で、二人で酒を酌み交わした。


 酒が弱いか、と彼女が言う、僕は答えずに黙って舌打ちをして、蔵書の積み重ねられた六畳間に、無駄に紫煙を吹き散らし続けた。
  酒に弱い男はむやみに煙草を吹かす、良くなりすぎた血流を、煙草で誤魔化すんだ、そういう飲み方でいい、大人になっても勉学をちゃんと続けなさい、そして事ある毎に人と酒を飲み交わしなさい、酒は人の口を軽くするが、そこには必ずお前にとっての未知が眠っている、未知とは即ち宝だ、書も人も、全て掘り尽くして自分の物にしてやりなさい。


    そうした言葉が、書を通さず、人間の口から直接発せられる様は、大変にむず痒く、居心地が悪い。
    大多数の人間は、現実に発せられる言葉という物に、思う程耐性があるものではない。


    何故だろうか、言葉、に限らず人の生活や文化の残滓という物は、人が死に、主体が薄くなりはじめてからようやく、その独自の存在性を獲得する。


    書は古ければ古い程、堅く素直で愛おしく、音楽は知らぬ国知らぬ時代の物であればある程、強く儚く美しい。


    教師という者に忌み嫌われ続けた僕にとって、敢えて恩師という者を指すのであれば、それは彼女になるだろう。
    彼女は死んだ。
    肉体は燃え、残った骨片は僅かばかりであろうか。
    もう老婆の醜さも、あの鬱屈とした勉強間も、不快な貧しさの匂いも消え去った。
    存在が消え、残る物は、肉の醜さを離れた言葉のみである。


    こうしてようやっと、僕は彼女を、情も驕りも捨て、ただひたむきに愛する事ができるようになる。
    人というものは、かくも虚飾に満ち溢れているものだ。


 ある蒸し暑い夏の朝、老婆が宮部みゆきを数冊片手に、台所でトーストをかじっていた。
 徹夜してしまいました、いい本を読んだ、よく勉強していて、丁寧で、本当に誠実で面白い、眠れませんでした、今もとてもワクワクしています。
 老人特有の粘着質な咀嚼音、それを安物のティーカップに注いだ紅茶を飲み込んで打ち消しながら、彼女は言う、
 私は今、青春の真っ只中にいます。


 今夜この東京で、彼女がその夜味わった以上の快楽を享受できる人間が果たしているだろうか、きっと一人も存在し得ない筈だ、命を賭けてもいい。