例えば、火を起こす事自体が、魔法だった時代もきっとある筈よ、と味噌汁の鍋をコンロにかけながら、彼女は言った。
 こうやって蛇口をひねると、それだけで綺麗な水が出る、不思議だと思わない?


 リモコンでテレビをつけると、成田のfedex便着陸失敗の事故のニュースで持ちきりだった。
 飛行機が飛べる理由が、実はまだよく分かっていないって話知ってる?
 まぁちょっと捻くれた話なんだけどね、そもそも飛行機どころか、物に重さが何故あるかって事が、物理学のある分野のある視点に於いては、よく解明されていないって話なんだけど。


 まぁとにかく、昔の人が今の私達の生活を見たら、びっくりするでしょうね。
 モーセが海を割ったなんて話ぐらい、簡単に信じちゃうでしょ。
 物理学ってね、すごく簡単に言うと、現実の事象に対する、ただの言い訳なの。
 屁理屈って言ってもいいのよ、けど、気の遠くなるような長い時間に渡った観測と、緻密な作法に基づいた屁理屈だから、簡単にひっくり返せないだけなの。


 本当よ。
 私達の生活って、ただの屁理屈の上に成り立っているのよ。
 怖いと思わない?


 宇宙の始まりを想像してね、狂った学者が何人もいるの。
 すごくね、分かるんだよなぁ、その気持ち。
 考えて考えて、考えすぎると、自分が生きている事が、段々信じられなくなってくる事無い?


 そういう時にね、今日のご飯なんにしようかなぁって考えるとね、ふっと地に足が着いたようになって、安心するの。
 あぁ帰ってきたって。
 何も怖い事は無いし、どんな失敗しても、悔やむ必要も無いんだ、大丈夫だって。


 だからどれだけ豚肉を焦がしたとしても、そんなのは、取るに足らない、瑣末な事よ。


 そうして、白飯と味噌汁と海苔の佃煮だけの、夕食が始まった。


 修士号を取った彼女は、その翌年に渡米し、強姦された。
 帰国後、数人の友人だけにその事実を明かし、親からの仕送りで引き篭もりになった後、醜く太って、自殺した。


 凡ゆる現象に屁理屈をつけ続けてきた彼女は、その最後にとうとう、暴力という余りに原始的な作用に対して、どうしても屁理屈をつける事が出来なかった。


 それは多分、何処にでも、よくある話だ。


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《分かる》かよお前に、オレンジ色のカプセルを投げつける女の眼球に走る血管が、まるでタイムラプスのようにカクリカクリと蠕動する、その様は過去のどんな映画も為し得なかった、至高の表現技法である、現実はいつも、空想を凌駕し続けると言ったのは誰だったか、我々は現実を越えた現実の、そのたったコンマ一秒を凌駕しようと、芸術に立ち向かい、そして敗北し続けている、コンピュータが芸術を支配し、されど理想は未だ遠く、断言しよう、計算機が現実をシュミレートし尽くした時、そこにあるのは間違いなく感動ではなく、所詮こんなものだったのか、という絶望であるだろう、果たして君に、それが《分かる》だろうか?
 眼前の女の罵倒と、モニタ越しに聞いた何処かの映画監督のインタビューが、オーバーラップする、脳はいつも、都合のよい物しか、見せようとしない、確かな事は、この女が病んでいる事である、それも極めて現代的な、紋切型のプロセスを経て。


 彼女達は皆、ライン工の作る鋳型の様に、一様で、全く見分けが付かない。


 ポーチに詰められた色取り取りの薬物を机にばらまき、そして大切そうにしまう女の横顔、「午前三時の女性」というものは、いつも我々に現実のみすぼらしさを、嫌になるほど残酷に見せつける、その肌の質感は、まるで死人の様に蒼褪めており、微かな凹凸が支配する乾いた顔皮が、これでもかという程に、半径5mの世界の、全ての精神の未熟を曝け出す、対照的に脂ぎった僕の頬には、大きな面皰が出来ており、明け方の洗面台の鏡の前で、それを潰す様を想像する、醜く突き出た中年腹の横が痒く、同じ物が出来ているのではないかと思う、その黄白色の、どろりとした汚物が、きっと腹からも出てくるのだろう、全て絞り出せば、大量の膿が流れ出て、きっと皮一枚になってしまう、その様になった僕は果たして、生きているのか、死んでいるのだろうか、全てはきっと、薬のせいだ、これを生み出したのは一体誰なのだろう、製薬会社、企業、金、経済、科学、数学、哲学、精神医学、クレペリン、フロイ ト、ドレイ、デニカー、病理学、療法学、病跡学、腫瘍学、唯物論、資本主義、欲望、性的欲求、貧困、幼児虐待、強迫観念、摂食障害、カレンカーペンター、 承認、罪業、裸のランチ、グレートギャツビー、ヘミングウェイ、ロストジェネレーション、渇望、支配、阿片戦争新興宗教、マンソン、ニーチェ、ドーパミ ン、禁忌、怠惰、至高の快楽としての危険、アメリカンサイコ、イヴの林檎、この世の全ての文字と言葉、まだ子供だった頃、あなたは図書館に眠る大量の書物に出会い、読み耽り、その先にある未知の世界に、その幼い胸をときめかせなかっただろうか、学問の齎す知恵と、時の蓄積の美しさに打ち震え、何もかもが輝いて見えた、我々が学び続けるのは、このような醜い現実の為ではない、希望の為にこそ、ただ希望の為にこそ、 我々は思考し、勉学する、考える葦、陳腐だが、真実だ、勉学は、堕ちる為の手段ではなく、歓喜の上昇気流であるべきだ、どうしてこうなった、我々は常に問い続ける。
「こんな筈じゃなかった」、と。


 これが勤勉と発見と創出の人類文化の結実、そして終着地でもしあるならば。
 我々は確かに、害悪に他ならない。
 人類は、明白に、腐っている。


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 験なきものを思はずは一杯の、と深夜の酒席で、彼がぽつりと呟いた。
 彼はエンジニアで、当然のように精神を壊して、次の就職先を探している最中だ。


 何だっけ、と聞くと、万葉集ですよ、と返ってきた、あれだけ古典古典って言っておいて、大したことないですね、僕は思わず赤面してしまう。
 最近、ふと古典が大事だって言われたの思い出して、色々手を出してみているんですよ、国語の教科書読み返して、出典を舐めていったりとか、そんなんですけど。
 濁れる酒を飲むべくあるらし、いい言葉ですよね、療養中色んな物に手を出したんですが、これが一番効きましたよ、お陰でアル中一歩手前ですけど、このまま浮浪者になってもいいかなぁなんて思っちゃうんですよね。


 彼の瞳は、そうした精神状態によくある人と同様に、おどおどとしていて、ジョッキを握る手は、常に微かに震えている。
 とにかく、今は万葉集をずっと読んでいるんですよ、といっても解説本ですけどね、梓弓引かばまにまに依らめども、そう言って僕の顔を覗き込む彼に、僕は顔をしかめながら、いや出てこない出てこない、と言い、誤魔化すように梅酒を飲み下す。


  後の心を知りてぬのかも、あれ、かてぬかも、でしたっけ、駄目ですね、ちゃんと文法も覚えないと、そう惚けた顔で諳んじる彼、万葉集の中身なんて、こういう風にならなければ、一生知る事は無かったですよ、でもおかしいじゃないですか、俺はじゃぁ義務教育で一体何を勉強していたんだろう、大学もいれれば十六年間です、十六年間、学校が教えてくれた事が社会で役に立った事なんて一つも無かった、こんな風に心を壊して初めて、癒してくれた唯一の物が、子供の頃に嫌がらせの様にタイトルだけ覚えさせられた古書の一節だなんて、もう、何だか意味が分からない。


 俺の人生は一体、何だったんだ。


 それは少し、斜に構えすぎた物の見方になってしまっているんじゃないかなぁ、と僕は答える。
 病んだ人間にかける真摯な言葉等、存在しない事を、僕は知っている。


  なんかね、再就職とか馬鹿らしくなってきたんですよ、田舎で農業とかやって暮らしたいなぁとか思うようになっちゃって、昔ならそんなのは負け組だとか思っ たりしたんですけど、最近はそうじゃなくて、なんて言うか、このまま東京で働き続けるのは、犯罪のような気がしてきたんですよね。


 目立たず、喋らず、ただ食って、死ぬだけの、一体何が悪いんですか。
 カウンター横のテレビに映った、IT企業の社長を睨みながら、彼は言う。
 こいつらなんかより、乞食の方が余程、健全だ。


 彼はきっと、僕の同意が欲しかったのだろう。
 けれど僕には、それに答えるだけの度量もなく、責任も負いたくなかった。


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 はじめて、図書館に足を踏み入れたのは、小学一年生の入学式の次の日だった。
 学校の図書館ではなくて、区営図書館だった。
 下校途中に、ふらりと、入ってみた。
 最初に手に取ったのは、天路歴程の絵本だった。
 アラン・パリーの挿絵のやつで、どこかグロテスクな匂いのする絵柄で、妙に自分が、大人になった気がした。


 ただ一つ気にいらなかったのが、丘の十字架の前で、重荷が背中から外れて、クリスチャンが飛びあがって喜ぶシーンだった。
 他のページのように、淫靡で妖しい美しさがそこにはなく、安く嘘くさいテレビのワンシーンのようなその挿絵に、僕ははっきりと興醒めした。
 クリスチャンは、苦しんでいたからこそ、美しかったのだ。


 ベン・ジョンソンが、好きだった。
 運動は不得意な方だったし、陸上というスポーツにも全く興味はなかったが、沈んだ黒い皮膚と、健全なアスリートとは言い難い、鋭く暴力的な眼光に、僕は惹きつけられた。
 その頃ちょうど、「長距離走者の孤独」を読んだのも、関係していた気がする。
 100m走で見かける選手は、皆黒人だったが、彼は飛びぬけて異彩を放っていた。
 体つきが、他と比べてどこもかしこも硬そうで、威圧的で、尖っていた。
 肌の色が、何故か不健康に見えた。
 まるで年をとったカラスのように、光を全て吸収してしまうような、どろりとした漆黒だった。
 走り出すと、スタートした瞬間から、まるで地面を殴りつけるようなインパクトで駆け出し、地球をねじ伏せようとしているかのように、どすりどすりと重力に逆らうように、力強く足を振りまわす。
 暴力的な悪魔のようにも見える彼が、この世で最も速いと言う事が、とても美しく思えた。
 走り終わった後の、瞳が格別だった。
 強く、ただそれを知っているだけという趣で、それ以外には何も感じていないように見えた。
 奢りもなく、虚飾もなく、ただ超然としていて、突き抜けるように爽やかだった。


 カソリックの小学校に通っていた。
 月曜日の午前中に、聖堂でミサがある。
 神父は居なく、シスターが次第を執り行う。


 ある日、ミサの中で、老齢のシスターがこう言った。


 清い心は、目に表れます。
 ベン・ジョンソンが、薬物を使用したというニュースが、最近ありましたね。
 カール・ルイスを知っているでしょう。
 二人の目を、比べてごらんなさい。
 皆さんにも、簡単に分かる事でしょう。
 私には、最初から分かっていました。
 ベン・ジョンソンの目は、正しい人の目ではないと。
 毎朝、鏡を見て、自分の目を確かめなさい。
 目が濁っていれば、心を見直しなさい。


 ミサの途中で喋るのはいけない事で、シスターの言う事に逆らうのは悪い事だと、子供なら誰でもそう教えられる。
 だから僕は、黙っていた。
 心の中は殺意で溢れていて、行き場の無い怒りは、不思議な事に体温を冷ましていった。
 もし、心の中を、あの十字架に掛けられた男が見透かせるのなら、僕の上に雷を落とすだろうか、雹を降らせるだろうか。
 その想像すら、悔しくて、僕は何もかもを、奪われた気がしていた。


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 生きる事は、壮絶な戦いなのだと、陳腐な顔をした老人が、言った事がきっと幾度もあるだろう。
 それは多分に真実で、どんなに単調な人生でも、何かにつけ、戦う機会は訪れる。
 きっと、誇り高く、上を向いて、堂々と、槍を天に向けて、投げつけるべきであるのだ。


 それでも、何かが、我々にそれを、躊躇わせる事がある。
 レイプされた彼女は、暴力に抵抗し続ける事に。
 依存症の女は、承認と、一時の安息を得られなくなる事に。
 精神を病んだエンジニアは、金や、世間体や、常識から逸脱する事に。
 他の誰かから見れば他愛のないかも知れない、ほんの少しの大きな何かに気圧されて、彼らは下を向き、力なく槍をその手からこぼす。


 その弱さを否定する事が、僕には、どうしてもできない。


 僕は、あのベンを否定された冷たい朝の聖堂で、シスターの頭を両手で掴み、澄ましたステンドグラスに、思い切り、叩きつけてやりたかった。
 色とりどりのガラス片が、彼女の醜い顔に刻まれた深い皺に突き刺さり、流血が出来損ないの前衛芸術のように、茶と黒と僅かの白が支配する、味気ないキャンバスを美しく彩る。
 絶叫は、讃美歌よりも高らかに響き渡り、オルガンのハ短調が、俯瞰の角度の画面を、荘厳に演出する。
 僕はきっとこう言った、キリストが血を流しているのに、お前が傷ついていないのは、だっておかしい事じゃないか。


 それはきっと、いけない事なのだろう。
 だとすれば、僕の槍は、一体どんな形を、しているべきだったのだろう。


 僕はあの日、聖堂で、愚鈍に、槍に手を伸ばす事も無く、自動的に、死んでいた。
 何も納得できずに、何も取り返せなかった事が、信じられない程に惨めだ。

 

 


 神は、林檎を齧るイヴを、悲哀に満ちた眼差しで一瞥し、足早に楽園を去った筈だ。
 残された物は、ただ空虚な欲望を湛えた、妖しく滑る蛇達のみ。
 我々は膨張する宇宙から取り残され、閉じた楽園で、絡む蛇の毒に幻惑されたまま、ただひたすらに、佇んでいる。


 やがて、曖昧になって、何もかも消え去ってしまう。